公開

 まず最初に、「ゼロベクレル」派の人たちに残念なお報せがあります。
 みなさんが立っている足もと、その土や岩盤から、放射線はたくさん放出されています。これは、原子力発電所事故などいっさい関係なく、地球ができあがってからずっと放出されているものです。
 みなさんがいつも吸っている空気、その中にも放射性同位体はたくさん含まれています。みなさんは常に放射性同位体を吸い込んでいることになります。もちろんこれも地球に大気というものができて以来、ずっとそうです。原子力発電所事故には関係ありません。
 地上は危険ですね。では、地上を離れて、地面も大気もない、大気圏の外に出てみましょう。すると、宇宙から降ってくる大量の放射線を浴びることになります。じつは、宇宙は地上よりもよほど危険で、宇宙飛行士の方々はわれわれよりもはるかに多く被曝しています。われわれが宇宙からの放射線による被曝を低くおさえられているのは、大気がそれを防いでいてくれるからです。
 もうどこもかしこも危険なので、放射性同位体をいっさい含まない金属でできた密閉式の檻の中で、空気も放射性同位体を除去する装置を通した清浄な状態で暮らすこととしましょう。世界屈指の金持ちであれば、それも可能かもしれませんね。
 おお、でも残念ながら、他ならぬ、その中に閉じ込もった人の身体にも、放射性同位体は含まれています。「ゼロベクレル」派の人たちは、自分自身が放射線源なのですから、他の人たちを被曝させないよう、他人に近寄らないことをおすすめします。「ゼロベクレル」なんて言うくらいですから、被曝は自分だけにしておいてはいかがですか。

 ややきつい言葉からはじまった第6章ですが、それくらい、「ゼロベクレル」などというものは荒唐無稽なのです。放射性同位体は自然界にたくさんありますし、われわれは常にその放射線を浴びているからです。放射線を浴びずに過ごしている人など、人類の歴史上、ただの一人として存在しません。被曝は特別なことではなく、われわれがふだんの生活でふつうに受けていることなのです。

 とんでも系の人たちの中には、「天然の放射線は無害だが、人工(人間がつくり出した)の放射線は危険だ」なる意味不明な考えを振りまわしたりする人もいますが、ここまで放射線のなんたるかを読み進めてこられたみなさんには、それがまったく論外であることがおわかりでしょう。たとえばポロニウム210は、人工的につくることもできますが、自然でも発生しているのは、第1章でお話ししたとおりです。
 放射線が与える影響に、天然も人工もありません。自然は、ある程度のリスクと、それをはるかに上回る恩恵とをわれわれに与えます。自然が人類を慈しみ愛してくれていて、人類に恩恵だけを与えるなどと思うのは、相当なお花畑脳なだけでなく、相当に傲慢な考えだと言わざるをえません。
 では、われわれにできうることはなにか。それは、自然から受ける放射線はそういうものだと受け入れ、その量と影響とを知り、そしてそれ以上に浴びる放射線をちゃんと管理し低くおさえる、ということです。
 そこで、本章では、まず、自然界にある放射線について考えていきましょう。

自然放射線による被曝

 自然放射線による年間被曝量について見てみましょう。
 自然放射線による年間被曝量

 外部被曝の主たるものは、宇宙からの放射線宇宙線やそれが大気との反応で生み出した放射線による被曝(まとめて「宇宙線」としてあります)と、地面並びに建築物の壁や天井からの被曝(まとめて「地面」としてあります)です。内部被曝の主なものは、食物や飲料に含まれる放射性物質からの被曝(摂取)と、空気中の放射性物質を吸い込んだことによる被曝(吸入)です。
 世界平均と日本平均で内訳が大きく異なることが示すように、どの地域で生活するか、どのような生活様式か、によってそれぞれの被曝量は変わってきます。日本で「地面」と「吸入」が少ないのは、風通しのよい木造建築が多いからで、石造建築に住んでいる場合には、足もとの地面からだけでなく、壁や天井からも放射線を浴びる上に、空気がよどみやすく、壁や天井の石材から空気中に放出される放射性物質も滞留しやすいのです。

 日本国内でも、この地域差は大きいです。
 花崗岩には、カリウム、ウラン、トリウムなどの放射性同位体が比較的多く含まれるために、これが地表近くにある地域では地面からの放射線は強くなります。花崗岩は石材としては御影石と呼ばれ、墓石の王様として君臨していますが、そもそも「御影」というのは神戸にある地名で、その地名から名付けられていることからおわかりいただけますように、関西に多く見られ、したがって、関西は地面からの放射線量が高いのです。福島第一原子力発電所事故直後に「関東は危険だ、関西に行こう」と関西に移り住んだ人たち、これを読んでいますか。ちなみに御影石でも最高級のもの(庵治石)は、関西ではなくその対岸のうどん県高松市で採掘されるそうです。

 「吸入」で主たるものはラドンですが、これには、ラドン220とラドン222とがあり、ともにα線を出しますが、それぞれ鉱物として含まれるトリウム232とウラン238が何段階かの崩壊を経てラドンとなるものです。その途中段階の放射線同位体は固体ですので岩石中に含まれているだけなのですが、ラドンは常温で気体ですので、ラドンとなったとたんに空気中に飛び出して、吸入してしまうというわけです。

大気中に飛び出すラドン

 日本人にはなぜか温泉が好きな人が多いのですが、「ラドン温泉」「ラジウム温泉」などと放射性物質が含まれることを看板にしている温泉もあります(ラジウムはウランからラドンへといたる崩壊の道の途中段階の放射性同位体です)世界でも有数の放射能泉である三朝温泉(鳥取県)では、その湯の中に、1リッターあたり9,000Bqものラドンが溶け込んでいるそうです(3)湯を飲まなければ大丈夫かというとそうではなく、溶け込んだラドンが絶えず蒸発していますので、温泉に浸かるときにそれを大量に吸い込んでしまうのです。

温泉に浸かるラドン

 「微量の放射線はむしろ身体によい」という謎の謳い文句で客寄せをしているところもあるようですが、そういう効果は科学的に実証されているわけではなく、放射線による影響が気になって気になってしかたのない「ゼロベクレル」派の方は、微量でも浴びないに越したことはありませんから、温泉はやめておいたほうがよいのではないでしょうか。

 ちなみに、世界保健機構によると、ラドンによる被曝は、喫煙の次に多くの肺癌を引き起こしているそうです(4)
 また、第1章でお話ししたとおり、喫煙者(受動喫煙も含む)はポロニウム210を吸入してしまうので、それによる被曝も起こります。1日当たり20本の煙草を吸う人の年間被曝量は0.19mSvだそうです(5)

喫煙するラドン

 日本が世界平均に比べて「摂取」が非常に多いのは、海産物の摂取量が多いからで、日本人でも僕のようにおにくが主食で海産物をほとんど食べない人はこの部分は少ないでしょう。
 ただし、この「摂取」の中には、人間が生きていく上で必要な元素の同位体による被曝も含まれていますので、それはなくしてしまうことはできません。
 その代表ともいえるのが、カリウムです。カリウムは、筋肉の制御に使われる元素で、これがないと呼吸すらできません。人間の身体の中には、カリウムは体重1kgあたり、男性で2.85g、女性で2.62g含まれているそうです(6)体重70kgの男性だと200g、体重40kgの女性だと100gですね。天然のカリウムには、0.012%の割合でカリウム40という放射性同位体が含まれています。ということは、この男女の例だと、それぞれ、0.024g、0.012gのカリウム40が体内に存在していることになります。カリウム40の比放射能は260,000Bq/gですから、その人が放つ放射能は、カリウム40だけで、それぞれ、6,200Bqと3,100Bqということになります。おやおや、「ゼロベクレル」にはほど遠いですね。「ゼロベクレル」派の人たちは、自分の身体からこんなにも放射線が出ていて、気にならないのですかね。

 「宇宙線」というのはもうどうしようもなく、宇宙線からの被曝を避けるために地下で暮らすと逆に岩石からの被曝が増えてしまいます。これに関しては被曝量を減らすことはなかなか難しいのですが、増やすことは意外に簡単です。宇宙線からわれわれを守ってくれているのは大気ですので、大気の薄いところに長時間いる、たとえば、航空機に長時間乗り続ければよいのです。千葉(成田)とニューヨークを旅客機で往復した場合の、1往復当たりの被曝量は0.11〜0.16mSv程度(2)ですから、地上で暮らしている場合の年間被曝量と比べても結構な被曝になります。

医療被曝

 こういった自然放射線からの被曝以外に、本人は被曝とは意識せずに、しかし意図的に被曝していることもあります。医療被曝です。放射線などなじみのないものだと思っておられるみなさんでも、おおよそ日本人として生まれた人で、自分の身体をX線撮影したことがない人など、探すほうが大変なくらいではないでしょうか。X線撮影は意図的な被曝ですが、その被害よりも、得られる利益のほうがはるかに多いと判断されているので、積極的に利用されています。撮影箇所によって大きく違いますが、1回の撮影で0.01〜7 mSv程度は被曝します。コンピューター断層撮影(Computed Tomography、CT)などは、いろんな角度からX線撮影を行い、それを合成するのですから、当然被曝量も多く、2〜10 mSv程度の被曝となります(7)もちろん急性障害が起こる値よりもはるかに少ない量ではありますが、いっぽうで、自然環境から受ける年間被曝量から比べると、かなり大きな値と言えるでしょう。

 この医療被曝は、個人差が大きいのですが、日本平均では、世界平均よりも数倍多いとされています。低線量被曝で大騒ぎする人たちが、なぜこれを問題視しないのか、不思議でなりません。

被曝量の管理

 こういった自然放射線からの被曝と、医療被曝を除いて、一般人の年間被曝量は1mSv以下におさえることが望ましいとされています。医療被曝の被曝量を考えると、これは相当に安全側に設定された値だと言えるでしょう。

 いっぽうで、放射線をあつかう仕事をする人は、法令によって放射線業務従事者に指定されています(僕も放射線業務従事者です)
 放射線業務従事者は、それぞれの作業での被曝量を測定して管理され、血液検査を含む専用の健康診断も受けています。内部被曝量を測定することもあります。放射線業務従事者の場合は、被曝限度は一般人よりも高く設定されています。その被曝限度は、5年間で100mSv、1年間で50mSvで、緊急作業の場合に限り100mSvまでと定められています。放射線業務従事者でも妊娠可能な女性はより厳しく制限され、3か月で5mSv、妊娠中の女性は妊娠期間中に腹部で2mSv、内部被曝で1mSvが限度とされています。しかし万が一これを越えてしまうと法令違反となってしまいますので、それぞれの事業所では、これよりももっと低い値を内部規定の限界値とし、法的限界値よりずっと前に業務を停止させられるようにしています。
 ちなみにわれわれの実験施設では、男性年間7mSv、女性年間4mSvが限度となっています。その測定に使う個人線量計(第7章でお話しします)は、男性で3か月に1回、女性は毎月、累積の放射線量を確認しています。
 放射線業務を行うときには、必ず作業計画書を作成し、とくに有意な被曝を受けることが予想される場合には、その作業環境と作業時間からあらかじめ被曝量を計算したうえで、作業を行っています。そして、作業後に、その計画値と実際の被曝量に大きな違いがないかを確認します。被曝を受けるにしても、計画的に受けるわけです。

外部被曝から身を守る

 では、被曝量をおさえるためにはどうしたらよいでしょうか。
 外部被曝をおさえるためには、単純に、放射線源から離れることです。第4章でお話ししたように、γ線や中性子では空気による遮蔽は期待できませんが、立体角の効果はあります。放射性物質は、ある特定の方向を狙って放射線を出しているわけではなく、全方向に均一に放射線を出しています(X線撮影機や放射線治療機のような放射線発生装置は、特定方向に放射線を出します)。この場合、放射線源から距離が離れるに従って、放射線を放つ面積は広がるわけですから、離れれば離れるほど、同じ面積に浴びる放射線の量は減っていくわけです。放射線を反射する物体がない空間では、距離の自乗に比例して放射線量は減っていきます。放射線源から2倍離れると、浴びる放射線量は1/4になります。

 また、放射線源を取り除けない上に放射線源から離れられない場合は、間になんらかの遮蔽体を置くとよいでしょう。中性子の遮蔽は難しいですが、一般の方々が中性子を浴びることはまずないので、とりあえずここでは対象から除いておきます。α線やβ線は飛程が短いのでほとんど気にせずともよく、γ線だけ考えると、何らかの遮蔽体を置くと効果的です。第4章でお話ししたとおり、重要なのは遮蔽体の重量ですから、鉛などの特殊なものがなくとも、同じ重量のものさえ置ければそれで大丈夫です。第4章でお見せした、セシウム137からのγ線に対する遮蔽効果の図をふたたび載せておきます。

γ線の線量透過率(8)
γ線の線量透過率
137Csからのγ線に対して

内部被曝から身を守る

防護服 タイベックスーツ

 ところでみなさんは、この画像のようなものをごらんになられたことはありますでしょうか。福島第一原子力発電所の事故のときには、作業者がこれを着用している映像がテレビでも流れたかもしれません。これはタイベックスーツと呼ばれる防護服ですが、これまで見てきたように、このような薄手の布地(ポリエチレン)では、α線以外の放射線を直接ふせぐことはできません。γ線に対しては、着ていても着ていなくても被曝量は同じです。そこを勘違いしている人も世の中には多いようで、これを着ていれば放射線を遮蔽できると思っている人もいるようです。
 では着用の意味がないのかというとそうではありません。汚染を防ぐためには欠かせないものです。内部被曝から身を守るために重要な「自分の身体に放射性物質を附着させない」という目的には、とても役に立つのです。

 放射性物質を取りあつかう作業をしたり、放射性物質によって汚染された場所に出入りしたりする場合、その場所から放射性物質を拡散させないことが重要です。ある場所に留めておけば、作業時間以外はそこから離れていればいいからです。そして、作業が終われば、人間ですから、とうぜん飲食をします。そのときに放射性物質を一般生活の場に持ち込んでしまうと、体内に取り込んで内部被曝を起こしてしまう可能性があるのです。そして、一般生活の場には、放射線業務とは関係のない一般人もいることも問題です。ですから、放射性物質を取りあつかう作業をする場合には、このような防護服を着用することで身体に直接放射性物質が附着することふせぎ、一般区域との境界でそれを脱ぐことで、放射性物質による汚染の拡大をふせぎます。
 これはなにも放射性物質の取り扱いに限らず、化学薬品などの取りあつかいに関しても同じことです。フィクションの世界でよく目にする間違った表現で、学者が実験室外の一般区域でも白衣を着ている姿が描かれていたりしますが、あれこそは汚染を拡大させる、絶対にやってはいけない行為で、まともな学者はあのようなことをしません。ついでに言っておきますと、物理学者までもが白衣姿で描かれていたりするフィクション作品すら存在しますが、そもそも物理学者は化学者や生物学者と違って白衣など着たりはしません。作業するときは普通の作業服を着用します。僕も白衣など1着も持っていません。フィクションの世界のこととはいえ、ああいう意味不明な表現はやめていただきたいものです。

白衣姿、ダメ、絶対!※実験室外の一般区域でも白衣を着るのは汚染を拡大させるだけ 尚、物理学者は白衣など着ない!

 内部被曝をおさえるためには、吸入にせよ摂取にせよ、とにかく、口からの放射性物質の侵入を少なくすることが重要です。そのためには、放射性物質をあつかうときや、放射性物質が附着している可能性がある場所に入るときには、自分の身体に附着しないよう、さきほどのような防護服や手袋を着用し、その場所から出るときには必ず脱ぐ、そのような場所では空気中の粉塵を吸入しない、一般区域に戻ってきたあとでも、食事前には手を洗う、仮に生活区域が放射性物質によって汚染された場合には、摂取するものの線量測定を行い摂取量を管理する、ロンドンでは寿司を食べない、などの対策を行うことが望ましいです。食事前の手洗いなどは、べつに放射性物質など関係なしにしたほうがよいことですが、これをしなかったために恐ろしいことになった事例を、第8章でお話ししましょう。

場所の管理

 このように、放射線や放射性物質を取りあつかう場所は、一般の区域とは分けておく必要があります。その場所は放射線管理区域と呼び、物理的にフェンスなどによって仕切り、一般人が入れないようにするよう、法律で定められています。管理区域の境界では、3か月間の累積の放射線量が1.3mSv以下となるように管理しなければなりません。

放射線管理区域

 画像は放射線管理区域の一例ですが、その境界にはフェンスが張り巡らされていることがおわかりでしょう。左端にあるのはその入口で、放射線管理従事者がもつIDチップがないと開錠しないようになっています。右端にある白い箱は、放射線測定器で、管理区域の境界の放射線量を24時間常に測定・監視し、3か月の累積値が1.3mSvを絶対に超えないように、それよりもずっと低い値で警報が鳴るようになっています。
 また、奥の建物が放射線を取りあつかう実験施設ですが、煙突が立っているのがわかりますでしょうか。この煙突には、気体用の放射線測定器が取りつけてあり、この建物から出るすべての排気はここを通るようになっています。そして、24時間常に測定・監視しています。排気中の濃度の上限も、放射性同位体ごとに法律で決まっていますので、決してそれを超えないよう、法律が定める規制値よりもはるかに低い値で警報が出るようにしてあります。

放射線管理区域内にあるゲートモニター

 この画像は放射線管理区域内にあるゲートモニターと呼ばれるもので、外に出るときに、身体に放射性物質が附着していないことを確認するためのものです。これで汚染が検出されると、その人は1枚ずつ服を脱いで検出されなくなるまで検査を続けます。それでだめなら内部に備えつけられているシャワーで身体を洗浄することになります。汚染が検出されなくなるまで(周囲の放射線量と区別がつかなくなる程度まで)、その人は外に出られません。
 人間だけでなく、物品も、必ず汚染検査を行い、汚染が検出されないことを確認してから外に出すようにしています。
 このように、放射線を取りあつかう場所は、厳重に管理されているのです。

除染

 本来放射性物質があるのが好ましくない場所が放射性物質によって汚染された場合、それを取り除く必要があります。これを除染と呼びます。いくつかの除染の方法について、簡単に見ていきましょう。

 床や壁など、建屋の内側を除染する場合は、掃除の方法にとてもよく似ています。粉末状の放射性物質の場合は、乾いた布で粉末を集めるのですが、箒でゴミを集めるのと同じで、かならず、一方向に掃いてください。往復させてしまうと、汚染をより拡大してしまうことになります。

床の除染:正しい例と駄目な例
 われわれは、粉末状の放射性物質の除染には、こういうものを使っています。
サッサ

 液状のものは吸収しやすいもので拭き取るとよいのですが、こびりついたものは水で塗らした布で拭くとよいです。これもまるっきり雑巾がけと同じですね。作業のときには必ず手袋を着用し、作業後は脱いだ手袋も汚染物として取り扱ってください。

 服が汚染してしまった場合は、飛び散りにくいように静かに脱いで、袋に入れて密閉して保管してください。脱ぐ場所も重要で、そこも脱衣のときに汚染されると考えて、シートなどを敷いて、脱衣後にシートも回収して保管するか、シートの汚染を検査して問題がないことを確認してください。脱衣後の身体や、その周辺に汚染がないかを検査する必要もあります。

 除染で重要なことは、これは、放射性物質を一箇所に集めて保管しやすくし、汚染されていない場所と、汚染物とを区分けするための措置であって、放射性物質そのものがなくなるわけではない、ということです。掃除でも、ごみをごみ箱やごみ袋に集めるというだけであって、ごみそのものが消滅するわけではありません。一般的な家庭ごみであれば、毎週2回自治体がごみ回収に来てくれて、回収後のことは気にしなくてよいのですが、放射性物質の場合は、それをそのあとどうするのかまでよく考えて保管や処理をしなければなりません。
 たとえば、除染のために、ある建物を水で洗い流したとしましょう。その建物はきれいに除染されて、安全となることでしょう。しかし、その流した水の中には、放射性物質が含まれています。それをそのまま流してしまったら、放射性物質は排水溝から川に流れ、最終的には海に行きますから、海や川を汚染してしまうことになるのです。
 除染を行う場合には、そういうことまですべて考えたうえで計画しなければなりません。

空気中の放射性物質を取り除く

 僕が子供のころよりもさらに前、僕の兄くらいの世代で、「宇宙戦艦ヤマト」というアニメイションが放送されていました。僕は再放送で観ました。それはSF作品で、かつての軍艦大和を模した宇宙戦艦が、放射性物質によって汚染された地球を救うため、はるか彼方のイスカンダル星まで行って、コスモクリーナーという装置を受け取ってくる、という話でした。コスモクリーナーは、なぜ「コスモ」とついているのかは謎ですが、放射性物質を除去する装置のようでした。
 さすがは未来の話だなぁ、現代にもそういうものがあればなぁ、と思うでしょう。ところが、じつはそれはもう既に存在しているのです。イスカンダル星まで取りにいく必要はありません。

へパフィルター
へパフィルター

 それはこれ、へパフィルターです。へパフィルターというと、今や家庭用のエアコンなどにもついていて、なんだそんなものか、と思われるかもしれません。しかし、床の除染が基本的に掃除と大差なかったように、空気中の放射性物質を取り除く方法も、花粉や粉塵を取り除く方法と基本的には同じなのです。
 HEPAフィルターとは、High Efficiency Particulate Air Filter のことで、空気中の粒子を高い効率で集めるフィルター、といった意味です。グラス繊維でできた濾紙を使っていて、JIS規格では、0.3μmの粒子に対して99.97%以上の捕集率を持つもの、とされています(9)一時期話題になったPM2.5(直径2.5μm以下の粒子状物質)に対しても有効です。放射性物質も、原子単独の状態で飛んでいることは稀で、何かの粒子に含まれていたり附着していたりしますから、このフィルターで大部分は取り除くことができます。
 画像はわれわれの実験施設のものですが、排気システムに取り付けられ、屋外に排出する空気中の放射性同位体濃度を規定値以下にするのに役立っています。
 いっぽう、放射性物質はこのフィルターに溜まるだけですので、さきほど除染のところでお話ししたとおり、放射性物質が集まったフィルター自体の放射線量は高くなっていきます。コスモクリーナーを稼働させた森雪が亡くなってしまうのはこのためでしょうね。

水中の放射性物質を取り除く

 空気が除染できるなら、水だって除染できます。その方法のひとつが、イオン交換樹脂を通すことです。

イオン交換樹脂

 イオン交換樹脂とは、それに触れた溶液中のイオンを取り込み、変わりに自身の分子の一部をイオンとして切り離す樹脂のことです。画像は、そのイオン交換樹脂を詰めた容器で、デミナーと呼ばれます。
 たとえば、水中にセシウムのイオン(Cs+が入っていたとして、これをイオン交換樹脂に通すと、Cs+を取り込み、変わりにH+イオンを出します。こうすることで、水中に溶けている放射性同位体を取り除きます。ただし、これまで見てきたものと同じく、イオン交換樹脂には放射性同位体が溜まっていきますので、どんどん放射化していきます。この画像のものは、そのため、周囲を鉄板で囲って遮蔽しています。
 もし水道水が汚染されてしまった場合、家庭にこれを導入し、放射性物質を取り除いてから飲用すれば、とても効果的ですが、イオン交換樹脂そのものの放射線量は高くなっていきますので、注意が必要です。
 これは、放射性物質が溶け込んだ水を除染するにはもっとも一般的な方法です。われわれの実験施設でも、排水はイオン交換樹脂を通し、そこに溶け込んだ放射性同位体を基準値以下に取り除いてから、排水するようにしています。
 ところが、これでは取り除けないものがあります。それは、トリチウムです。トリチウムは水素の同位体ですから、水分子として存在した場合(H2OのHの片方がT、つまりHTOのような形)、ふつうの水と化学的には同じですので、イオン交換樹脂では取り除けないのです。福島第一原子力発電所でも除染できずにタンクに溜めているのは、トリチウムを含む水です。結局、トリチウムだけは、基準値以下に希釈して排水する以外に方法がありません(10)

除染の意味

 除染という言葉をきくと、それを行えばすぐに綺麗さっぱり、いっさいの汚染がなくなる、とイメージしてしまうかも知れません。ところが、これも掃除や手洗いなどと同じで、そういうものではありません。附着していた物質の量が何分の一かになるだけです。
 たとえば、手を洗うと、もともとついていた物質が1/2.7くらいに減る、としましょう。そしてこれは附着した量によらず一定の割合だと仮定すると、2回洗うことで、1/2.7 × 1/2.7で、1/7.3くらいになります。3回洗うと、1/20くらいにはなります。また、手の洗い方を工夫すれば、1回あたりに減らせる量ももっと大きくできるでしょう。
 ともあれ、重要なことは、「ゼロにする」という手段などないのであって、できることは「減らす」ということであり、そして、実用上問題がないレヴェルまで減らせれば、それで充分に価値がある、ということです。

もし体内に放射性物質が入ってしまったら

 ここまでで、体内に放射性物質が入りにくくする方法について考えてきましたが、それでも入ってしまった場合は、いったいどうすればよいでしょうか。入ってしまったらなにも打つ手がないのでしょうか。いえいえ、どんな場合でも、諦めず、少しでもましな状態になるように、全力を尽くして「悪あがき」すべきです。
 体内に放射性物質が入ってしまった場合の対処法として、ここでは3つの例を挙げておきます。

 1つめは、同じ元素の放射性でない同位体を摂取することで、体内での放射性同位体の濃度を相対的に「薄める」ことです。これは、ヨウ素に対する対処法がもっとも有名です。

 2つめは、ある種の薬剤を投与し、その薬剤と取り除きたい元素とを化合させ、その薬剤ごと排出させる方法です。そのひとつが、キレート剤という錯体を使うものです。

キレート
キレート

 図がその例ですが、どうですか、蟹が鋏で獲物を捕まえているみたいでしょう。このため、このような錯体をキレートと呼びます。キレート(chelate)というのは、ギリシア語のchela(蟹の鋏)からつくられた言葉です。体内にこの「蟹」を潜り込ませ、取り除きたい元素をこの鋏でつかみ、蟹ごと排出させるのです。代表的なキレート剤としては、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)とジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)があります。

 もうひとつの薬剤もろとも法は、イオン交換体、つまりイオン交換樹脂の中身のような薬剤を直接人体に投与する方法です。それがイオン交換樹脂のように標的の元素を取り込み、それごと体外に排出されます。これで有名なのは、セシウムに対するヘキサシアノ鉄(II)酸鉄(通称プルシアンブルー)です。

 3つめは、代謝を攪乱させる方法です。ある特定の成分の摂取を抑制したり増やしたりして、体内に溜まった標的の元素を排出しやすくするものです。
 たとえば、カルシウム濃度とリン濃度を低くした食事を摂りつつ、炭酸ストロンチウムを服用すると、骨に溜まったストロンチウムが離脱していきます。さきほどの2種類の方法が、ある特定箇所に溜まるまえに、つまり血液や体液や消化液などに溶けているうちに捕まえて排出させるのをおもな目的としているのに対して、この方法の重要な特徴は、すでにどこかに溜まってしまったものを「はがし取る」こともできる点です。

 これらの除去の方法の詳細については、第10章で、各放射性同位体ごとに、個別に説明します。

機器を放射線から守る

 本章の最後に、人間ではなく機器を放射線から守る方法について考えてみましょう。
 第4章で半導体が放射線に対して弱いことをお話ししましたが、半導体は現代ではどうしても使わなければならないものですので、高放射線環境下で使う場合には、すこしでも放射線の影響を受けにくくするために、いくつかの対策を立てます。われわれの実験施設で行われているのは、たとえば遮蔽体で覆ったり、放射線を浴びやすいところから離したりすることです。

 前者の例では、中性子の影響を低減するため、センサー類をポリエチレンのブロックで覆ったりしています。第4章で見たように、中性子の遮蔽体としては水が最高なのですが、液体の遮蔽体は取りあつかいがむずかしいので、代わりに、水素原子を多く含むポリエチレン(組成式はCH2)を用いることが多いのです。ポリエチレンはポリ袋にも使われるお手軽な材料ですが、中性子の遮蔽材としても優秀です。通常はブロック状のものを使いますが、われわれの施設では、ブロック以外に、ビーズ状のポリエチレンを箱に詰めたものも使用しています。

ビーズ状のポリエチレン
ビーズ状のポリエチレン、これを箱に詰めて使う
ポリエチレンブロック
ポリエチレンブロック(ホウ素入り)

 画像のポリエチレンブロックは、白い模様が見えますが、これはホウ素をまぜてあるからです。ホウ素が中性子をとても吸収しやすいことは第4章でもお話ししたとおりで、それをまぜることで、中性子を停める能力をより高めた遮蔽体です。でもとても高価です。

 このためコストはかさみ、ほかにもいろいろと特別な機能を持たせたために、同程度の能力のクレーンの3倍以上の価格となったのですが、おかげで、完成から9年間(執筆時点)、放射線によるトラブルを一度も起こさずに、高放射化物の荷役に活躍しています。
 結局、半導体に対する被曝対策も、人間に対する外部被曝対策と同じく、「距離を取る」「遮蔽体を置く」のふたつが有効です。

 本章で、放射線から身を守る方法について考えましたが、そのためには、まず、放射線量を正確に知ることが重要になってきます。そこで、次章では、放射線を測定する機器についてご紹介しましょう。

第6章まとめ

  • 「ゼロベクレル」は荒唐無稽
  • 日本人の自然からの被曝量は年間2.1mSv
  • 自然からの被曝と医療被曝を除いて、一般人の被曝量は年間1mSv以下にするのが望ましい
  • ご被曝は計画的に
  • 外部被曝をおさえるには、放射線源から遠ざかるのが一番、遮蔽体を置くのも効果的
  • 内部被曝をおさえるには、摂取や吸入など、とにかく口に入るものに気を遣うこと
  • 被曝をおさえるには、場所の管理を徹底し、一般区域に放射性物質が拡散しないような措置が必要
  • もし放射性物質を体内に取り込んでしまっても、除去する方法はある
  • 除染で放射性物質がなくなるわけではなく、一箇所に集めるだけなので、その処理もよく考えておく必要がある
  • 除染にはサッサ
参照・注
  1. (1) 『UNSCEAR 2008 Report to the General Assembly with Scientific Annexes』 (2008) のデータより著者がグラフ作成
  2. (2)^1 ^2 『生活環境放射線』原子力安全研究協会 (2011)
  3. (3) 『生活環境におけるラドン濃度とそのリスク』実業公報社 (1989)
  4. (4) WHO ”Radon and health”
  5. (5) 『喫煙者の実効線量評価─タバコに含まれる自然起源放射性核種─』RADIOISOTOPES, 59, 733-739 (2010)
  6. (6) A simple calibration of a whole-body counter for the measurement of total body potassium in humans』International Journal of Radiation Applications and Instrumentation, 43, 1285-1289 (1992)
  7. (7) X線撮影、CTともに、ICRP Publication 87
  8. (8) 『実効線量評価のための光子・中性子・ベータ線制動輻射線に対する遮蔽計算定数』日本原子力研究所(2001)のデータより、著者がグラフ作成
  9. (9) JIS Z 8122
  10. (10) ただし、膨大なお金をかければ、トリチウムを分離することは可能です。実際、トリチウムを利用する場合には、お金をかけてでも取り出していますし、排水の場合でも、倫理的なことに配慮して取り除くことを検討している場合もあります。

※通常、引用論文は、「著者名、雑誌名、巻数、ページ数、年」、の順で書きますが、本サイトでは、みなさんがぐぐりやすいよう、著者名の代わりにタイトルを書いてあります


著者プロフィール

多田将 (ただ・しょう)

1970年大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。

著書『すごい実験』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学<核兵器>』『ニュートリノ』。