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原子と原子核の中身について知ったうえで、いよいよ放射線の話をしましょう。この章では、主な放射線の種類と、それぞれの放射線がどうやって放出されるのかについてお話しします。
安定になる方法1 ~ヘリウム4の原子核を放出する(α崩壊)~
第1章では、安定な原子核は限られているという話をしましたが、では、不安定な原子核は、いったいどうなってしまうのでしょうか。
第1章で安定な核の領域を示しましたが、それは、陽子の数と中性子の数が同じくらいの原子核です。そこから外れるほど不安定になるのですが、あまりに大きく外れた、つまり陽子数と中性子数があまりに違いすぎる原子核は、そもそも存在することが困難です。
ある程度数が異なると(上図の水色の部分)、陽子が持つ電磁力(すべてが同じプラスの電荷なので反発する力)が、原子核を結合させる強い力に勝ってしまって、原子核は分裂してしまいます。それは核分裂と言って、原子力発電や核兵器で用いられますが、本サイトでは対象外とします。
ここでは、すこしだけ数が違う、つまり、すこしだけ修正すれば安定な状態になる原子核について、あつかうこととします。
その「すこしだけ修正」のひとつめの方法は、原子核の一部を放出することです。放出のしかたにはいろいろあってもよさそうなのですが、じつはそうではなくて、ひととおりしかありません。それは、陽子2つと中性子2つの塊、つまりヘリウム4の原子核とおなじものを放出することです(1)。
この放出されたヘリウム4の原子核、あるいは、(放出された)ヘリウム4の原子核が飛んでいる状態を、「α(アルファ)線」と呼びます。また、このα線を放出する現象を、「α崩壊」と呼びます。
ポロニウムが鉛に(α崩壊の例)
α崩壊の例としては、第1章で登場したポロニウム210などがあります。ポロニウム210は、α崩壊によって、安定な鉛206となります。
ここで注目していただきたいのは、質量数と原子番号(陽子の数)です。
質量数は、最初210だったものが、206になりますから、4だけ減っています。その数値が、α線、つまりヘリウム4の質量数とおなじですから、全体としては核子の数は合っています。消滅したりしません。
原子番号は、ポロニウムの84から鉛の82へと、2だけ減っています。これも、ヘリウムの原子番号2とおなじですから、やはり全体でみると陽子の数は変わっていません。消滅したわけではなく、たんに、外に出ただけです。
安定になる方法2 ~核子の種類を変えて、電子を放出する(β崩壊)~
不安定な原子核を安定にする、ふたつめの方法は、中性子を陽子に変えることで、中性子の数をへらし、陽子の数をふやすことです。こうすれば、数のうえでのアンバランスを解消し、陽子と中性子の数を同じくらいに近づけることができます。
中性子が陽子へと変わるときに、電子と反電子ニュートリノが1つずつ放出されます(2)。この放出された電子、あるいは、(放出された)電子が飛んでいる状態を、「β(ベータ)線」と呼びます。また、この現象を、「β崩壊」と呼びます。
β崩壊の例として、ここでは、水素の同位体である水素3について触れておきましょう。
水素3は、陽子が1つに中性子が2つですが、中性子が多すぎて不安定であるために、このうちの1つの中性子がβ崩壊を起こして陽子となり、陽子2つに中性子1つのヘリウム3となります。
この現象では、中性子が陽子に変わっただけですから、核子の総数は変化しません。質量数が、反応前後で同じ3であることがおわかりになるかと思います。原子番号は、陽子が1つ増えるために、ひとつ上がっています(水素の1からヘリウムの2へ)。
また、中性子には電荷がなく、陽子は電荷がプラス、電子は電荷がマイナスですから、反応の前後で電荷の総量が変化していないことにも注目して下さい。
中性子が陽子に、陽子が中性子に(β崩壊の例)
この反応で、変わった部分、つまり中性子だけを抜きだすと、なにが起こったのか、よくわかります。
中性子が多すぎる場合はこのように電子を放出して陽子に変わりますが、逆に、陽子が多すぎる場合はどうでしょうか。単純に考えれば、陽子が中性子に変わればよいのですが、それにはふたつの方法があります。それを考えるために、β崩壊の反応式をちょうど逆にしてみましょう。
そして、ここから、まずは反電子ニュートリノだけを右辺に移します。このサイトでは反粒子については説明しませんが、粒子は、左右の辺を移動するときに、粒子・反粒子の反転をします。ちょうど数式の移項と同じです。反粒子については、拙著『ニュートリノ』に詳しく解説していますので、そちらをごらんください。
すると、陽子が電子とくっついて中性子となり、電子ニュートリノ(νe)を放出する反応となります。この反応を「電子捕獲」と呼びます。陽子はどこから電子をつかまえてくるのかというと、原子核の周りを回っている電子を、です。これであれば、ひとつの原子の中で完結していますので、原子全体の電荷総量は保たれたまま、つまり原子は中性のままです。
この反応では、ニュートリノを放出してはいますが、ニュートリノは他の物質とほとんど反応しませんので、実際の観測では無視されます。また、β線(電子)が出ない反応となりますが、β崩壊のひとつとして分類されます。
例としては、アルゴン37が塩素37へと変わる反応があります。
この反応でも質量数は保存されますが、原子番号は陽子が中性子に変わって陽子が1つ減っていますので、ひとつ下がっています(アルゴンの18から塩素の17へ)。
次に、左辺の電子も右辺に移しましょう。すると電子(e-)は符号が反転して陽電子(e+)となります。
これは、陽子が中性子になる際に、陽電子とニュートリノを放出することを意味しています。陽電子は電子と電荷が逆になっていますが、これもβ崩壊に分類され、「β+(ベータプラス)崩壊」と呼ばれます。これと対比するために、電子を放出するβ崩壊は、「β-(ベータマイナス)崩壊」と呼ばれることもあります。また、陽電子と電子を区別する場合には、陽電子「β+線」、電子を「β-線」と呼びます。
β+崩壊の例としては、炭素11がホウ素11へと変化する反応があります。
この反応でもやはり質量数は保存されますが、原子番号は電子捕獲と同様、ひとつ下がっています(炭素の6からホウ素の5へ)。
安定になる方法3 ~粒子ではなく、エネルギーを放出する(γ崩壊)~
原子核が不安定になるのは、陽子数と中性子数のバランスが崩れているときだけではありません。原子核には、結合させるための強い力が働いていることは第1章でお話ししましたが、力が働いているということはエネルギーが生じているわけで、そのエネルギーが過剰にあるときにも、原子核は不安定となります。
第1章では強い力をバネにたとえましたが、バネが必要以上に縮められると、そこに過剰なストレスがたまってしまいます。それを安定させるには、バネの余分な縮みを伸ばし、ストレスを緩和してやればよいのです。そのとき、バネにたくわえられたエネルギーが解放されることになります。原子核では、その余分なエネルギーは、光(電磁波)として放出されます。この光を「γ(ガンマ)線」と呼びます。そして、この現象を「γ崩壊」と呼びます。
γ崩壊のときには、粒子は放出されていませんので、反応式上はなにも変わっていません(3)。
放射線はなぜ危険か
ここまでに登場したα線、β線、γ線が、放射線と呼ばれるものです。どれも原子核が安定するために「放射」するものです。その正体は、それぞれ、ヘリウム4の原子核、電子(または陽電子)、光、です。どれもとても身近なもので、電子や原子核などは、われわれの身体の「もと」となる、いわばわれわれの身体そのものです。にもかかわらず、一般に放射線が危険であるとされるのはなぜなのでしょうか。
私事で恐縮ですが、僕が10年以上前に行ったライブでの経験です。それは数十組ものグループが出演するライブで、僕はそのとき、客席最前列で、それよりずっとあとに登場する、僕のおめあてのアーティストを待っていました。ステージでは、当時とても人気のあったグループが歌っていました。すると、突然、そのメンバーのひとりに向かって、僕の後方の客席から、携帯(当時はガラケー)が投げつけられました。そのメンバーは、頭だけ傾けてその携帯をかわしたあと、ふん、と鼻で嗤いました。僕はそのグループにもそのメンバーにも興味はありませんでしたが、その瞬間だけは惚れてしまいそうになりました。
携帯、今ではスマートフォンは、われわれの日常生活に欠かせない、とても大切な機器で、これひとつであらゆることができる、まさに文明の利器ですが、このように勢いをつけて投げつければ、とても危険な凶器ともなりうるのです。特にiPhoneのボディはアルミニウム合金の削りだしですしね。
電子も原子核も同じです。われわれの身の回りのものの「もと」となるありふれた粒子も、大きな速度、言いかえれば大きなエネルギーを持てば、とても危険なものになるのです。それが、放射線が危険な理由です。
具体的にどのように危険なのかは、第3章から第6章にかけてお話しします。
X線を放出する
ところで話は変わりますが、みなさんは、ノーベル物理学賞の記念すべき第1回受賞者の名前はご存じでしょうか。子供のころから日本で暮らしている方であれば、きっと聞いたことがあるはずです。ドイツの物理学者、ヴィルヘルム・コンラート・レントゲンです。彼の受賞理由は、X線の発見です。日本では、X線撮影のことを、レントゲン撮影、なんて呼ぶ人もいますね。
このX線も、放射線の一種です。X線はγ線とおなじく、エネルギーの高い光(電磁波)なのですが、その違いはどこにあるのでしょうか。
エネルギー(または波長や周波数)で分類しているかのように書いているものもあり、たしかに一般的にγ線はX線よりもエネルギーが高いのですが、それは本質的なことではありません。
γ線が原子核から放出される電磁波なのに対して、X線は、電子が、自分が持つエネルギーの一部を開放するときに放射される電磁波なのです。電子のような荷電粒子は、加速したり減速したり進路を変えたり、加速度が生ずる運動をするときには、自分のエネルギーを電磁波の形で放出します。これがX線です。
ほかには、原子の軌道上にいる電子が、よりエネルギーが低い軌道へと移動するときに、その軌道の差に相当するエネルギーのX線を放出することもあります。
前者の場合は、電子の速度や加速度の与えかた、進路の曲げかたなどによって、欲しいエネルギー(波長)のX線をつくりだせますが、後者の場合は、軌道が決まっているために、出てくるX線のエネルギーも、その原子(物質)によって決まってしまいます。このため、後者を「特性X線」とよびます。
いっぽうγ線は、先ほどのとおり、原子核から放射される電磁波なのです(4)。
中性子を放出する
放射線の一種で、もうひとつ重要なものを挙げておきましょう。中性子です。
中性子は原子核の構成要素ですが、たとえば原子核が分裂したときなどに飛び出してきます。本サイトでは核分裂についてはあつかいませんが、ここでは、ベリリウム9にα線を照射したときに炭素12ができて余った中性子が飛び出す反応を例に挙げましょう。
この反応では、核子の総数で言うと、9 + 4 = 12 + 1
とちゃんと保存され、陽子の数でも4 + 2 = 6 + 0
、中性子の数でも5 + 2 = 6 + 1
と、すべて保存されています。
中性子が他の放射線と大きく異なる点は、電荷を持っていないことです。このため、電子と反応しません(γ線やX線も電荷を持っていませんが、電磁波ですので、電子と反応します)。このことが、放射線が人体に与える影響や、放射線からの防護の面で、とても重要になってきます。それについては、第3章から第6章にかけて、詳しくお話しします。
以上の放射線についてまとめると、不安定な原子核から放出されるα線・β線・γ線・中性子と、電子から放出されるX線とがあります。
ところでβ線とは、大きなエネルギーを持って飛びだした電子のことですが、であるならば、不安定な原子核を持ってこなくとも、たとえば電子を加速してエネルギーを与えてやれば、おなじような放射線(β線)をつくりだすことは可能なのではないでしょうか。
こたえはДа!です。加速器という装置を使って、電子だけでなくいろんな粒子を加速して、人工的な放射線をつくりだすことは可能ですし、実際に世の中で広く活用されています。不安定な原子核から出てくる放射線は、種類もエネルギーも決まっていますが、加速器を使えば、望みの種類の粒子で望みのエネルギーの放射線をつくりだせます。これについては、第9章でお話しします。
第2章まとめ
- 放射線とは、不安定な原子核が安定になるために放出するもの
- α線はヘリウム4の原子核で、β線は電子
- 原子核から出る光がγ線、電子から出る光がX線
- 放射線がヤヴァいのは、エネルギーが高いから
参照・注
- (1) これは、原子核を放出するのですから、核分裂の一種ともいえるのですが、物理学の世界では、ヘリウム4以外の原子核を放出する場合を、核分裂と呼びます。ヘリウム4の場合は特別扱いなのです。
- (2) 反電子ニュートリノとは、素粒子のひとつです。本サイトではこれ以上あつかいませんが、詳しくは拙著『ニュートリノ』(イースト・プレス)をごらんください。
- (3) 光を粒子ととらえなければ。
- (4) γ線には、それ以外に、素粒子の消滅の際に生ずるものもあります。
※通常、引用論文は、「著者名、雑誌名、巻数、ページ数、年」、の順で書きますが、本サイトでは、みなさんがぐぐりやすいよう、著者名の代わりにタイトルを書いてあります
著者プロフィール
多田将 (ただ・しょう)
京都大学理学研究科博士課程修了、理学博士。
高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所 准教授。
著書に『すごい実験』『すごい宇宙講義』(以上、中公文庫)『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学<核兵器>』『ニュートリノ』(以上イースト・プレス)『放射線について考えよう。』『核兵器』『兵器の科学1 弾道弾』(以上、明幸堂)『ソヴィエト連邦の超兵器 戦略兵器編』(ホビージャパン)がある。