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原子の中身はどうなっているのか

 いきなり最初から「原子の中身」なんて、ちょっと難しそうで…と思われるかもしれませんが、これから放射線の話をしようというのですから、放射線を出す「もと」のところを知る必要があります。「いやな臭いはもとから断たなきゃだめ」ではありませんが、臭いのもとを知らなければ、臭いの対策ができませんからね。
 「原子」は、その名のとおり、かつて、世の中のあらゆるものの基本的な構成要素だと思われていたものです。この原子が組み合わさって分子となり、その分子が集まって細胞となり、その細胞が集まって臓器となり、その臓器が組み合わさってわれわれの身体ができています。

 中学校の化学の授業を思いだしてください。そのときは、原子は「それ以上分割できない最小単位」としていました。ところが、以下では、その原子を「分割」して、中身についてみていくことで、放射線が出てくる「もと」を探ってみることにします。

 原子の中身が明らかになったのは、今から100年前、20世紀の初頭です。原子の中身をモデル化すると、つぎのようになります。

 原子の大きさは100億分の1m(0.0000000001m)と、ちょっと想像もつかないほど小さいものですが、その中身というと、さらにその上をいく想像のつかなさです。なにが想像を絶するのかというと、ぎっちりとなにかが詰まっているわけではなく、ほとんどが空洞だ、ということです。
 上の図を見て、人によっては、まるで太陽系のようだ、と感じられたかもしれません。ちょうど中心に太陽のような小さな塊があり、その周りを惑星にあたる粒子が回っています。太陽にあたるものを原子核、惑星にあたるものを電子と呼びます。惑星の軌道が、水星、金星、地球、火星と、すべてきっちりと決まっているように、電子の軌道も、原子ごとにきっちりと決まっています。ただしこれはあくまでも簡単に理解できるようにしたモデルであって、実際の電子は、惑星のようにしっかりした塊となって飛んでいるわけではなく、雲のように広がって原子を覆っています。

実際の電子

原子の内部は空洞だった

 原子核のことを「小さな塊」と言いましたが、本当に小さく、原子全体の10万分の1の大きさしかありません。原子の大きさが100億分の1mでしたから、さらにその10万分の1というと、1000兆分の1m(0.000000000000001m)です。先ほどの図はわかりやすくそれぞれの要素を大きめに描いていますが、実際のサイズとしては、たとえばみなさんが今ご自宅の一室でこの文章を読んでいるとして、その部屋全体を原子だとすると、原子核は髪の毛の直径(それも毛が細い人)よりも小さいのです。想像してみてください、真ん中に髪の毛が1本だけ置かれている部屋を。がらんどうの部屋でしょう。意外なことに、原子はそのようなほぼ空洞でできているのです。
 空洞でできていたらなんだ、と思われるかもしれません。ところが、よく考えてみてください、原子は世の中のすべてのものをつくる基本単位ですから、それが空洞だとすると、みなさんの身のまわりのものも、すべてがすかすかでもおかしくないですよね。
 ところが、今、みなさんが自分の身体を触ってみても、あるいはこの文章を読んでいるディスプレイを触ってみても、しっかり中身が詰まっていて、まったくすかすかではありませんよね。すかすかだったら、ディスプレイを触れることも無理そうです。ではなぜ触れることが可能なのでしょうか。

物体は、電子の力で形づくられている

 その理由は、まさにこの原子の構造にあります。先ほどお話ししたとおり、原子の表面は、雲のように広がった電子によって覆われています。そして、電子はすべて同じマイナスの電気(電荷)を持っています。ということは、ありとあらゆる原子が、その表面をマイナスの電気で覆われている、ということです。
 電気というものは、プラス同士、マイナス同士のように、同じ符号同士では反発し合います(逆に異なる符号同士だと引き合います)。ですから、たとえば手でスマートフォンを持つ場合には、手の表面の原子(を覆う電子)とスマートフォンの表面の原子(を覆う電子)とが反発し合い、そのことで手とスマートフォンはたがいに通り抜けずに、しっかり持つことができるのです。中身がすかすかの原子同士がしっかりと反応できるのは、電子のおかげなのです。電子のように電気(電荷)を持つ粒子を、「荷電粒子」と呼びます。

陽子と中性子の組み合わせで、すべての物質がつくられる

 つぎに原子の中心にいる原子核の中身をみてみましょう。
 先ほどの原子の模式図では原子核は意図的に2種類の粒子が固まっているように描いてありますが、このように、それぞれ、陽子と中性子と呼ばれる粒子がくっつくことによって、原子核はできています。図中のが陽子、が中性子という粒子です。これから、図中では、すべてこのように描くことにします。

 陽子と中性子は、大きさや重さはほぼ同じで、大きく違うのは、陽子はプラスの電荷を持っているのに対して、中性子は電荷を持っていない、ということです。その違いから、「陽」子、「中性」子、という名前がついています。ですから陽子は電子と同じ荷電粒子です。陽子の電荷は、符号は電子の逆ですが、大きさは電子と全く同じです。また、陽子と中性子が組み合わさって原子核となることから、両者をまとめて「核子」と呼びます。

 20世紀の初頭には、世の中のあらゆる原子(核)は、言いかえればあらゆる物質は、すべてこの陽子と中性子からできあがっている、ということがわかりました。
 たとえば、今みなさんが手にされているスマフォやPCは、アルミニウムやガラスやプラスティックからできています。PCで読んでいる人は机に向かって椅子に座っているかもしれませんが、その机の材質は何でしょうか。木材か鉄が一般的ではないでしょうか。椅子はフレームが鉄で、座る面にはクッションがあり、それには布や綿が使われていると思います。
 このように、われわれの身の回りのものは、それぞれ見るからに違うさまざまな物質からできているわけですが、あらゆる物質の原子核が陽子と中性子からできているとするならば、陽子と中性子の組み合わせが違うだけで、その物質の違いが生じていることになります。

陽子の数で、元素の種類が決まる

 陽子と中性子の組み合わせを変えていくことで、どんな物質ができるのか、みていきましょう。
 陽子が1つだけでできている原子(核)は、水素になります。燃える気体です。そして、酸素との化合物は、この世界でもっとも重要な化合物である、水になります。

水素

 陽子が2つ、中性子が2つの場合はヘリウムになります。ヘリウムはわれわれのような研究者にとってはとても重要な物質ですが、一般の人たちには、吸い込んで声を変えたり、風船に入れたりするぐらいにしか、使うことはないかもしれません。

ヘリウム

 陽子3つと中性子4つだとリチウムになります。こちらのほうがみなさんには馴染みが深いと思います。リチウムはモバイル機器の電池の材料として使われている化学的な反応性の高い金属です。現代ではなくてはならないものですね。

リチウム

 陽子4つと中性子5つだとベリリウムになります。ベリリウムは非常に硬くかつ軽い金属で、融点も高く、構造材料としては理想的で、アルミニウムとの合金は、航空機や自動車のブレーキの材料として使用されていますが、一時期は、自動車のエンジンにも使用されました。

ベリリウム

 陽子5つと中性子6つだとホウ素になります。ホウ素は金属と非金属の間にある物質で、みなさんの身の回りのものでは、ホウ酸という名前を聞いたことがあるかもしれません。このホウ素は、のちほど重要な役割を持って再登場します。

ホウ素

 陽子6つと中性子6つだと炭素になります。炭素は、われわれをはじめあらゆる生物の最も重要な構成元素です。炭素化合物が意志を持ったものが生物だと言ってもよいくらいです。

炭素

 このように、陽子の数が異なるだけで、原子の性質はまったく異なってしまうことがおわかりでしょう。ここでは陽子の数6つまでの原子を紹介しましたが、世の中には、100を超える種類の原子(元素)が存在しています。それらはみなさんが実生活で体験しているとおりに、それぞれまったく異なる性質を持っていますが、もとをただせば、すべては陽子と中性子というたった2種類の粒子が組み合わさってできており、その化学的な性質の違いは、単なる陽子の数の違いでしかないわけです。ここで「化学的」とは、原子同士の結びつきを扱うことを意味します。

電子の数と配列が化学的性質を決める

 なぜ、陽子の数が化学的性質を決定するのでしょうか。簡単に考えてみましょう。
 先ほど、われわれの身の回りの物体がその形を保っているのは、原子を覆う電子同士の反発によるものだとお話ししました。ところが、まさにそのわれわれの身の周りの物体は、われわれ人間サイズで見た場合には、静電気が発生していない場合には、ふつうはまったく電気を帯びていないでしょう。触ってもびりびりしないはずです。電子も陽子も電荷を持っているのに、なぜでしょうか。
 その理由は、プラスの電荷を持つ陽子の数と、マイナスの電荷を持つ電子の数とが、ひとつの原子の中では同数だからです。先ほどのとおり、陽子1つが持つ電荷量と、電子1つが持つ電荷量は、符号が反対で大きさは等しいので、数が同じであれば、電荷量の合計は、ちょうど零となります。
 化学では、原子同士の結びつきをあつかいますので、つまり電子同士の反応をあつかっているとも言いかえられます。電子が主役ですから、化学的性質は電子の数(と配列)が決めているようなものなのです。そして、電子の数と陽子の数は同じなのですから、結局のところ、陽子数がその原子(元素)の化学的性質を決めていることになります。中性子は電子の数と関係がありませんから、中性子の数は化学的性質とは基本的に無関係なのです。
 ということで、化学的性質で原子を分類するには、陽子の数で分類するのが一番よいことになります。陽子の数の順に原子(元素)を並べた一覧表を周期表と呼びます。みなさんもごらんになられたことがあるかと思います。

錬金術、華麗に復活!

 かつて世の中には錬金術というものが存在していました。たとえば「水銀を金に変えてみせます! そのための設備が必要ですので、投資を!」と言って権力者たちからお金をだましとる方法です。
 ところが、「世の中の物質はすべて原子の組み合わせからできており、原子自体は変化しない」という原子論が登場してからは、それまでなんとなくあやしいと思われていた錬金術が、詐欺のツールだとはっきりしました。原子論にしたがえば、水銀の原子と金の原子は別物ですから、水銀から金を生みだすことはできないのです。化学の世界では、今でもこれは正しいわけです。
 ところが、原子の中身を調べ、その中の原子核までを知ると、陽子と中性子の組み合わせしだいで、どんな原子もつくることが可能だとわかりました。つまり、錬金術は、化学的には不可能でも、物理学的には可能なのです。水銀の原子核の陽子と中性子の数を変えれば、金をつくり出すことは原理的に可能です。ただし、原子核の組み合わせを変えるには、とてつもないコストと手間がかかりますので、ふつうに金を採掘したほうが、はるかに安あがりなのですがね。

同位体(アイソトープ)とは、中性子の数だけが異なる元素

 陽子の数が元素の違い(化学的性質の違い)を決めていることをお話ししましたが、それでは、中性子の数は何にかかわっているのでしょうか。
 たとえばヘリウムであれば、陽子2つと中性子2つとからできていますが、陽子2つと中性子1つの原子核であっても、これは同じヘリウムであり、化学的な性質は同じです。しかし、物理学的な性質は異なります。このように、同じ元素(陽子数が同じ)で、中性子の数が異なるものを、同位体(アイソトープ)と呼びます。
 原子(元素)を表わすには、元素記号を用いるのが一般的です。ここで、ヘリウムを例にあげて見てみましょう。

 元素記号は、大文字1字、または大文字1字と小文字1字とで表わされます。ヘリウムの元素記号はHeですが、その左上と左下に数字が書いてあります。左下の数字が原子番号と言って、陽子の数を表わしています。そのため、ある元素記号を持ってくれば、原子番号はもう決まっていますので、わざわざ原子番号を書く必要もありません。ですから省略されることが多いです。
 いっぽう、左上の数字は質量数と言って、陽子と中性子を足した合計の数(つまり核子の総数)です。原子の中の粒子の質量を考えると、電子は陽子の1/2000しかないのでほとんど無視することができます。そして陽子と中性子はほとんど同じ質量ですので、核子の総数が、「原子全体の質量が陽子の質量の何倍か」ということをだいたい表わしていることになります。そのため、質量数、という名前がついています。
 上の図には、ふたつのヘリウムの元素記号を書いています。同じヘリウムですが、質量数が違います。つまり、中性子の数が違う、ヘリウムの同位体です。日本語では、質量数を元素名のあとに続けて、それぞれ、「ヘリウム3」「ヘリウム4」と読みます。

質量数が意味するところ

 質量数についてもうすこしお話しすると、この数字は、その同位体の原子をアヴォガドロ定数(6.02×1023)分だけ集めた場合の質量を、g(グラム)で表わしたものとほぼ等しくなります。というのも、このアヴォガドロ定数というものが、「12gの炭素12に含まれる原子の数」と定義されたからです(1)
 アヴォガドロ定数個の集まりを1 mol(モル)と呼びます(2)12個の集まりを1ダースと呼ぶのと似ています。
 ここで触れておきたいのは、われわれが通常目にしているものは、途方もない数の原子の集まりだということです。たとえば1cm3の体積に含まれる原子の数は、
アルミニウム 60,000,000,000,000,000,000,000
85,000,000,000,000,000,000,000
ウラン 48,000,000,000,000,000,000,000
にもなります。億が8桁、兆が12桁ですから、22桁というのは文字どおり途方もない数です。

 いっぽう、これらの数字をごらんになられて、もうひとつ気づいたことはありますでしょうか。そう、質量数が大きく違うもの(つまり原子核の大きさが大きく違うもの)でも、同じ体積中に含まれる原子数には大きな差がないということです。アルミニウムとウランでは、質量数が9倍も違いますが、おなじ体積中に含まれる原子の数はほとんどおなじです。
 これは、質量数が大きく違っても、原子自体の大きさにはたいして差がないことを意味しています。原子の大きさにたいして差がないということは、質量数が大きい原子ほど比重(質量密度)が大きく、別の言いかたをすると、「比重が大きなものほどおなじ体積中に存在する原子核の総量が大きい」ことを示しています。原子核と言えば部屋の中に置かれた髪の毛みたいなものですが、その髪でも太さが違うということです。これは、あとで、放射線と原子核の反応を考えるときに重要となってきます。

安定な原子核と、不安定な原子核

 原子核は中性子と陽子の組み合わせでできていますが、それぞれどんな数でもいいわけではありません。でたらめな数を組み合わせても、うまく原子核として塊にならず、不安定になって、すぐに壊れてしまいます。ある陽子の数に対して、ちゃんと安定して存在できる中性子の数、というものが決まっているのです。その理由は、あとでお話しするように、陽子と中性子を結合させる力と、陽子の電磁力とのバランスが取れなければならないからです。

安定核の領域を示した図

 上の図をごらんください。横軸が陽子の数、縦軸が核子の総数です。点を打ってあるところが、安定して存在できる原子核です。意外に限られた範囲でしか存在できないことがわかるでしょう。左下から右上へ、陽子の数と中性子の数がほぼおなじところしか、安定して存在できないのです。ここで示した安定領域から外れれば外れるほど、不安定になり、できてもすぐに壊れてしまいます。

恐るべきポロニウム

 ここでひとつ、ある元素を紹介しましょう。ポロニウムです。ポロニウムの名前は、みなさんも耳にされたことがあるかもしれません。放射性物質なのですが、寿司にまぶして…あ、いえいえ、元КГБ(国家保安委員会)/ФСБ(連邦保安庁)職員のアレクサンドル・リトヴィネンコ氏の暗殺に使われたことでも有名です。彼はポロニウムを摂取したことによる体内被曝によって亡くなりました。ポロニウムの同位体はすべて放射性(放射線を出す)なのですが、このとき使用されたのはポロニウム210だと考えられています。このポロニウムが出す放射線については、第2章で詳しくお話しします。
 ちなみに、ポロニウムの発見者はピエール・キュリーとマリア・スクウォドフスカ・キュリーの夫妻で、マリアの故郷ポーランドから名前をとって、ポロニウムと名づけられました。元素名が国の名前由来であることはとても名誉あることですが、よりにもよってポロニウムだけに、ポーランドの人たちの中には、複雑な気持ちの方もおられるかもしれません。

 ポロニウム210は原子炉などで人工的につくるのが一般的なのですが、自然界にもある程度は存在しています。みなさんが摂取する可能性があるとしたら、タバコからです。肥料中に含まれる放射性物質の崩壊によって発生したポロニウム210が、タバコの葉につくのです(崩壊については第2章でお話しします)。そしてタバコは葉を燃やして吸いますから、喫煙(受動喫煙も含みます)によって肺の中に入るわけです。放射線医学総合研究所の評価(3)によると、1日に20本のタバコを吸う人の被曝量は、1年間で190 μSv(マイクロ・シーヴェルト)だそうです。この程度であれば、被曝によるリスクを無視できるレヴェルですが、吸わなくてよいものであれば、わざわざこの危険な放射性物質を肺に入れる必要もないのではないでしょうか。ここで出てきた各種の用語や放射線量の単位などについては、第2章以降に順を追ってお話ししていきます。

タイで売られているマイルドセブンライトのパッケージ

 ところで、この図はタイで売られているマイルドセブンライトのパッケージですが、とてもグロい画像が描かれていますね。癌に冒された肺の画像ですが、タイでは、タバコのパッケージの面積のある割合以上が警告表示で占められねばならないことになっているらしく、そのためこのような画像がでかでかと描かれているのです。このパッケージは、マイルドでもライトでもありませんがね。

 このポロニウムですが、アメリカでは、意外な形でふつうに販売されています。それは、静電気除去ブラシです。アナログ盤の表面の埃を取るのに使われるのですが、なんとこれにポロニウムが使われているのです。

アメリカで販売されている静電気除去ブラシ

 ブラシの毛の部分の根元附近に金色の板がありますが、この中にポロニウム210が含まれています。ポロニウム210はα(アルファ)線という放射線を出します。このα線こそが、リトヴィネンコ氏を死に至らしめた元凶ですが、このブラシではそのα線を有効に使っています。α線が空気分子を電離し、それが静電気を除去するのです。これを手軽なブラシとして市販するところが、いかにもアメリカ的な大胆さです。通信販売を利用すれば、日本からも取り寄せられるはずです。電離については、第4章でお話しします。
 このα線という放射線は、遠くまで飛べず、水中(人体もおなじ)では40μm程度しか飛びません。僕がこのブラシの金属板に直接触れたとしても、α線は皮膚ですべて止まってしまうのです。但し、40μmで止まってしまうということは、40μmの範囲にすべてのエネルギーを与えてしまう、ということですから、周囲の細胞にあたえる損害はとても大きく、したがって、皮膚ならばともかく、体内に入って重要な臓器や組織にあたってしまうとたいへんなことになります。それでリトヴィネンコ氏も被害を受けたわけです。このあたりのことについては第4章から第6章にかけて詳しくお話しします。
 ですから、こういう形で使用する場合には、吸いこめる粉末のような形で体内に入ることを絶対に防ぐ手立てが必要です。また、製造の途中でもむきだしにならないようにしないと、工場で働く人の安全を保つのがむずかしくなります。そこで考えだされた方法が、先ほど触れた、現代の錬金術なのです。

ポロニウムをつくり出す現代の錬金術

原子核をくっつける「強い力」

 さて、原子核の中身の話に戻りましょう。
 原子核は、陽子と中性子とがくっついて塊になっているのですが、もともと陽子はプラスの電荷を持っていて、中性子は電荷を持っていませんから、こういったもの同士がくっついているのは、電磁力だけで考えると不思議な話です。プラスの電荷を持ったものを集めても、反発し合うからです。
 じつは、原子核の中では、陽子と中性子をくっつけるためのある力が働いているのです。
 原子核を発見するまで、人類は、重力と電磁力というふたつの力しか知りませんでした。しかし、原子核の構造を知ることで、必然的に、もうひとつの力が必要であることを知ったのです。この力を「強い力」と呼びます。strong interactionを訳したものですが、もうちょっとなんとかして欲しいネイミングですよね。
 この「強い」は、電磁力より強いという意味ですが、本当に強くて、電磁力の100倍ほどの強さで、陽子と中性子をがっちりとつなぎとめています。

強い力

 電磁力は電荷を持った陽子にしか働かないのですが、強い力は陽子にも中性子にも働きます。右の図では、細い矢印が電磁力、太い矢印が強い力を表わしています。
 強い力は確かに強いのですが、いっぽうで、その力が届く距離が短いのが特徴です。力が届く距離を到達距離と言います。たとえば重力であれば、無限に遠い距離のものにまで力を及ぼせます。月ははるか遠くにありますが、潮の満ち引きなど、地球に影響を及ぼしています。電磁力も重力と同様、無限の遠さのところまで力を及ぼすことができるのですが、強い力はそうではありません。強い力は、だいたいとなりの陽子や中性子のあたりまでしか働かないのです。そこからすこし離れると、その力があっという間に失われてしまいます。
 また、力の働き方も変わっています。重力や電磁力は距離が近いほど強く働きます。ところが強い力は逆で、距離が遠くなるほど、より強くなるのです。ちょうどバネみたいな感じですね。バネも伸ばせば伸ばすほどもとに戻る力は強くなります。そしてこれもバネ同様、ある長さを超えると(到達距離を超えると)、突然、バネが切れるように、まったく力が働かなくなるのです。

少し離れたほうが愛の力は強くなる

 私事で恐縮ですが、以前に、とある女子高で講演を行ったときに、この強い力について質問した生徒さんがおられました。それでこのバネのたとえを出したのですが、僕はつい、「これはまるで男女の仲みたいですね」という話をしてしまいました。つまり、あまり近づきすぎるよりも、多少離れたほうが、ふたりの愛の力は強くなるが、離れすぎると、もうどうでもよくなってしまう。原子核の場合は、陽子(ようこ)さんと、中性子(ちゅうせいこ)さんですので、女同士、百合の関係ですがね。

 このように、強い力は到達距離が短く、となりの核子ぐらいにしか働きません。巨大な原子核の場合には、原子核の反対側の位置にある陽子や中性子は、互いに力を及ぼさないのです。

大きい原子核ほど、中性子がたくさん必要

 ここでふたたび安定核の領域を示した図に注目してください。

安定核の領域を示した図

 この図をはじめに見せたとき、「陽子の数と中性子の数がほぼおなじところ」が安定だ、と言いましたが、よくよく見ると少し違います。原子番号が小さなところでは、陽子の数と中性子の数は確かにほぼ同じですが、原子番号が大きくなるにつれて、中性子が多めになってきます。そのことは、質量数 = 原子番号 × 2 の直線を引いてみるとよくわかります。右に行けば行くほど、その直線からずれ、上のほうへとはねあがっているでしょう。その理由が、この強い力の特殊な働き方に関係があります。
 電磁力は陽子にしか働かず、強い力は陽子だけでなく中性子にも働きます。そして、電磁力が無限遠にまで働くのに対して、強い力がとなりの核子にしか働かないために、大きな原子核では、電磁力に打ち勝って原子核の形を保つために、より多くの中性子が必要になってくることを意味しています。もし強い力が遠くまで作用する力であったなら、陽子と中性子の数の比率は、小さな原子核でも大きな原子核でも同じようになっていたことでしょう。

 以上の原子核のしくみを頭に入れたうえで、次章からいよいよ放射線についてお話ししましょう。

第1章まとめ

  • 原子は原子核と電子からできている
  • 原子核は陽子と中性子からできている
  • 陽子の数(電子の数)が元素の化学的性質をきめる
  • 安定していられる陽子と中性子の数の組み合わせは限られている
  • ポロニウムヤヴァい
参照・注
  1. (1) 2018年から定義が変わります。
  2. (2) これは、ラトヴィア生まれのドイツの化学者であるフリードリヒ・ヴィルヘルム・オストヴァルトが、ドイツ語のMolekül(分子)から取った名称です。
  3. (3) 『喫煙者の実効線量評価─タバコに含まれる自然起源放射性核種─』 RADIOISOTOPES, 59, 733-739 (2010)

※通常、引用論文は、「著者名、雑誌名、巻数、ページ数、年」、の順で書きますが、本サイトでは、みなさんがぐぐりやすいよう、著者名の代わりにタイトルを書いてあります


著者プロフィール

多田将 (ただ・しょう)

1970年大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。

著書『すごい実験』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学<核兵器>』『ニュートリノ』。