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 ここからいよいよ放射線と物質との反応をあつかいますので、多少むずかしくなってきます。しかし、この第4~6章こそが、本サイトでもっとも大切な「山場」ですから、ゆっくりとでよいですので、確実に読みすすめていってください。

放射線による電離

 放射線はエネルギーが高いから危険だと言いましたが、では、具体的には、どのような危険をわれわれに及ぼすのでしょうか。
 第2章で出てきた携帯電話を投げつける話ですと、電話の大きさは10cm程度ですので、われわれの身体にぶつかると、それくらいの大きさの痣ができるでしょう。いっぽう、放射線は原子核や電子の大きさですので、被害をあたえる相手も、その大きさのものになります。
 α線やβ線は電荷を持っていますから、多くのものが、原子核に到達するまえに、その周辺を覆う電子と反応します。γ線は電荷を持っていませんが、電磁波ですので、やはり電子と反応します。電子と反応する、しかもエネルギーが巨大なので、電子を原子から叩き出してしまいます。
 第1章で原子の構造について触れたときに、原子は太陽系のような形をしていて(あくまでモデルですが)、太陽(原子核)とその周りを周回している惑星(電子)のようであるとお話ししましたが、もしかすると、地球と人工衛星のほうがイメージしやすいかもしれません。
 惑星や衛星は、自分に働く重力と、運動エネルギーとのバランスが取れて、軌道上を周回しているわけですが、ここで他の物体と衝突したり、エンジンを吹かしたりして運動エネルギーを増加させると、そのバランスは崩れます。すこしだけエネルギーがふえたときには外側の軌道に移動しますが、もっとエネルギーが大きくなると、もはや軌道を周回せずに、軌道の外の宇宙へと飛び出していきます。電子もそのようにして、原子核から受ける引力(電磁力)とのバランスを崩すほどのエネルギーを与えられると、原子の外に飛び出していってしまうのです。

 原子から電子がたたき出されてしまうことを、電離と呼びます。電子が離れるわけですから、まさに文字どおりですね。原子は、電子と陽子の数が同じで、そのために全体で電荷が零になっていたのですから、このように電子が出ていってしまうと、電荷の正負のバランスは取れなくなり、原子全体でも電気を帯びることとなります。これをイオンと呼びます。第1章で静電除去ブラシの話をしましたが、そこで出てきた、α線が空気分子を電離する作用、これこそがまさに放射線の作用なのです(1)

 ひとつの原子からひとつの電子を電離させる最小限のエネルギーは、原子ごとに違っていて、最も高いものでヘリウムの25eVで、最も低いものでフランシウムの4eVです。第3章で取りあげた放射線の例だと、数100keVから数MeVでしたから、5〜6けたも上ですね。文字どおりけた違いです。放射線にとっては、電離など簡単どころか、単純に数字のうえだと、数十万~数百万もの原子を電離させる能力を持っていることになります(実際には、計算はそれほど単純ではありませんが)

放射線が原子同士の結合を壊す

 静電除去ブラシはわざと放射線を当てているものであって、少なくともアナログ盤コレクターの役に立ってくれていますが、そうではなく、もともと当てるつもりがないものに放射線が当たってしまったらどうなるでしょうか。
 われわれの身の回りのものは、原子同士が結合した分子からできていますが、原子同士の結合は、当然ながらその表面を覆う電子が担っているわけですから、その電子が叩き出されると、結合が切れて、分子がその形を維持できなくなってしまいます。分子が破壊されてしまうのです。
 金属やセラミックなどの無機化合物では、その原子間の結合がかなり強いので、放射線の攻撃に対して強いのですが、有機化合物はその結合がとても弱いので、放射線によって簡単に破壊されてしまいます。
 たとえば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)という物質は、テフロンという商標名で知られ、現在実用化されているあらゆる物質の中でもっとも摩擦係数が小さいというだけでなく、絶縁性能でもすべてのプラスティック中で最高レヴェル、ガラスすら腐食させるフッ化水素酸に耐えうる高い耐薬品性と、ほとんど万能ともいえる性能を持つ優れた材料です。僕が勤務する実験施設でも、ふつうの場所では、様々なところで使用されています。
 しかし、唯一の欠点ともいえるのが、放射線に対してはとくに弱いことで、このため、われわれの実験施設でも、ある程度放射線を浴びる場所では、一切使っていません。われわれの実験施設でも中核となる場所では強い放射線が発生しますので、その場所の実験装置は、基本的には金属でつくっています。しかし電気的に絶縁しなくてはならないところは金属を使えないので、放射線強度がそれほどでもないところは比較的放射線に強いプラスティックで、本当に放射線強度が高いところはセラミックで、というように材質の組み合わせを工夫してつくっています。

吸収線量

 ここでまた、新しい量を頭に入れてもらいましょう。
 放射線が物質に与えるエネルギーを、与えた部分の質量で割ったもの、つまり、単位質量あたりに与えられたエネルギーを、吸収線量と呼びます。エネルギーの単位をJ、質量の単位をkgとすると、吸収線量の単位はJ/kgとなりますが、これをGy(グレイ)と呼びます。

Gy = J / kg
これはグレイ

 この単位の呼称は、UKの物理学者であるルイス・ハロルド・グレイの名前からとっています。

 エネルギーが同じであっても、放射線の種類が違えば、物質に与える影響は違います。ここからは、その違いについて見ていきましょう。

α線・β線と物質との反応

 まずは、α線とβ線からです。この2種類の放射線の特徴は、質量を持っていることと、電荷を持っていることです。
 質量がある粒子は、エネルギーによって速度が異なります。放射性物質から出てくる放射線の場合、その運動エネルギーは高くてもせいぜい数MeV程度です。この値は、α線だとその質量(3.73GeV)より3けたも小さいので、速度にすれば光速よりもずいぶん遅くなります(ポロニウム210のα線で光速の1/20くらい)。ですから、その運動エネルギーは、中高生のころに学んだとおりに、速度の自乗に比例します。
 β線は質量が小さい(511keV)ので、運動エネルギーが数MeVにもなると相対論的速度の領域(運動エネルギーが速度の自乗に比例しない領域)になってしまいますが、たとえばトリチウムから出るβ線程度の運動エネルギー(19keV)だと、やはり運動エネルギーは速度の自乗に比例します。α線とβ線について、運動エネルギーと速度(光速に対する比)との関係を、グラフにしてみます。

 この図で、直線になっているところが、運動エネルギーが速度の自乗に比例するところです。β線のほうは100keVを超えたあたりから曲がっていますが、ここが相対論的速度の領域で、計算がやや面倒です。
 そして、この速度が、放射線と物質との反応のしかたに大きく影響します。
 みなさんは球技は得意でしょうか。キャッチボールをするとき、素人相手にあまり速い球を投げられると、捕球がむずかしくなります。遅い球だと、捕球側の運動神経がじゅうぶんな反応時間を与えられますので、捕りやすくなります。

 放射線と物質との反応もこれに似ていて、放射線が物質中をゆっくりと通過した場合には、それだけ多くの時間が与えられることになり、反応は起きやすくなります。逆に高速で通過すると反応は起きにくくなります。一般に、α線やβ線のような荷電粒子と物質との反応では、放射線が物質に与えるエネルギーは、速度の自乗に反比例します。ですから、先ほどの図で直線になっていたところでは、まさに運動エネルギーに反比例することになります。

物質中でのエネルギーの失い方

 「放射線が物質にエネルギーを与える」ということは、言いかたを変えれば「放射線がエネルギーを奪われる」ということです。放射線が物質中を通過して、ジョジョにエネルギーを失っていくと、質量を持つα線やβ線の場合には、速度を落としていきます。
 そして先ほどの「放射線が物質に与えるエネルギーは、速度の自乗に反比例する」に従うと、速度を落とすことで、いっそうエネルギーを失いやすくなり、その結果、いっそう速度が遅くなり、そうなるとさらにエネルギーを失いやすくなり、というポジティヴフィードバックがかかります。
 つまり、α線やβ線は、もっとも速度が遅くなったとき、すなわち、停まる直前に、もっとも大きくエネルギーを物質に与えるのです。

 つぎの図は、横軸が荷電粒子が物質中を通過した距離(位置)を、縦軸がそれぞれの位置で物質に与える(荷電粒子が失う)エネルギーを表わしたものです。これを、UKの物理学者であるウィリアム・ヘンリー・ブラッグの名をとって、ブラッグ曲線と呼びます。

ブラッグ曲線

 グラフの右のほう、与えるエネルギーが零になっているところで荷電粒子は停まってしまいます。そこまでの距離を飛程と呼びます。停まる直前にピークが立っている(与えるエネルギーが最大になっている)ことがわかります。このピークは、荷電粒子の質量が大きくなるほど、また、相手の物質の密度(比重)が大きくなるほど、鋭くなります。

 飛程について考えるために、放射線が物質に与えるエネルギーについて考えてみましょう。与えるエネルギーは、まず、相手の物質の比重に比例します。物質の比重に比例するということは、重い物質ほどエネルギーをよく吸収し、短い飛程で荷電粒子を停めることができる、ということを意味します。
 また、物質に与えるエネルギーは、物質の「原子番号/質量数」に比例します。「原子番号/質量数」は、安定核の存在領域の図を見ればわかるように、ふつうの物質ではほぼ一定です(図が直線に近いことがそれを表わしています)

安定核の存在領域

 また、これは相手の物質の種類だけでなく、放射線の種類によっても違いがあります。放射線(荷電粒子)が与えるエネルギーは、自身の電荷の自乗に比例します。α線の電荷はβ線の2倍ですから、この効果だけでも、4倍ものエネルギーを与えることになります。

α線とβ線の飛程

 では、それらを頭に入れたうえで、実際の飛程の例を挙げてみましょう。
 たとえばポロニウム210が出すα線の場合、エネルギーは5.3MeVですので、空気中の飛程は4cmほどになります。つまり、4cm離れるだけで、それ以外なにもしなくとも、α線はあなたのところには届かないのです。
 これが水だとその1/1000、40μm程度になります(2)
人間も水と同じ程度です。人間が外部からα線を浴びた場合には、皮膚で止まってしまいますし、ゴム手袋でも着用していれば、皮膚にすら届きません。
 また、金属中の飛程は、アルミニウムで25μm、金で9μmです。Amazonで売っているアルミフォイルを見てみると、厚さ11μmのものと60μmのものとがあります。60μmのもの1枚でα線を停めることができます。手近にアルミフォイルがない人は、本を用意してください。ふつうの本の紙1枚が100μm程度ですから、紙が水とほとんど同じだと考えると、この1枚だけでじゅうぶんにポロニウムのα線から身を守ることができます。いっぽう、金の場合、第1章で触れた静電気除去ブラシでは、ポロニウムが金メッキで覆われていますので、α線がそれを突き破って大気中に出るには、メッキの厚さは9μm以下でなければなりません。

 β線の例としては、セシウム137から出てくるものにしましょう。エネルギーは510keVです。先ほど見たように、β線はα線よりはるかに速く、電荷の効果も小さいので、物質との反応はα線よりもずっと小さいことになります。ですから、飛程はα線よりもずっと長くなります。空気中で130cm、水中で1.6mm、アルミニウムで0.60mm程度です。本の紙1枚では防ぐことはできませんが、20枚もあれば防ぐことができます。

α線とβ線の進み方

 飛程だけでなく、その飛び方(物質中の進み方)そのものも、α線とβ線ではかなり違います。
 α線とβ線では、電荷も違いますが、なんといっても質量がぜんぜん違います。β線はα線の1/7,000しかありません。もっといえば、β線は、反応相手である原子軌道上の電子と、全く同じものです。荷電粒子が物質中の電子を弾き飛ばしながら突き進む場合に、電子の7,000倍も巨大なα線であれば、自分自身はびくともせず、進路もほとんど変わらずにまっすぐ突進しますが、β線の場合は、相手も自分も同じものですので、自分自身も弾かれてしまい、物質中をジグザクに進むことになります。進路が変わるときには、加速度がかかっていますから、そのときに第2章でお話ししたようにX線を出します。そのX線の放出によっても、エネルギーを失うことになります。

 α線の場合、まっすぐ進むために、軌道上の電子を弾き飛ばしたあとに、もしその進路上に原子核があれば、原子核とも衝突します。この衝突で、相手の原子核が大きければ自分が弾き飛ばされることになります。ただし、第1章でもお話ししたとおり、原子核はとても小さく、みなさんの部屋の中に置かれた髪の毛(の直径)程度ですから、そもそも当たることがまれです。だったら原子の軌道上の電子はもっと小さいのではないかと思う人もいるかもしれませんが、電子が惑星のように公転している姿はあくまでモデルであって、実際には雲のように原子を覆っていますので、衝突(反応)する確率は高いのです。
 あるいは、太陽系モデルにこだわるなら、電子は軌道を高速で周回しているから衝突の確率が高いと考えていただいてもかまいません。
 たとえば長縄跳びをイメージしてみてください。縄が止まっているときは、それを避けて通ることなど簡単ですが、縄が高速で回っているところを通り抜けようとすると、それなりのテクニックが必要です。原子核が止まっている縄、電子が高速で回っている縄だとイメージしてください。

γ線・X線と物質との反応

 γ線やX線が、α線やβ線と決定的に違うところは、質量がないことです。質量がありませんので、エネルギーが小さくなっていっても、速度は光速のままで落ちることはありません。停まることもありません(消滅することはあります)。代わりに、波長が長くなっていくだけです。電磁波は、エネルギーが波長に反比例するからです。そのため、飛程というものがありません。α線やβ線のように「○○mmの厚さの××で停めることができる」ということではなく、その物体によって「何分の一かに減らすことができる」というだけです。
 例として、セシウム137(正確にはバリウム137)が放出するγ線(660keV)が、水、コンクリート、鉄の3種類の物質によって、どれくらい減らされるか、を表わした図を示します。

γ線の線量透過率(3)
γ線の線量透過率
137Csからのγ線に対して

 縦軸が対数になっていることに注意してください。大きな目盛りがひとつ変わるごとに、ひとけた変わります。
 これらの物質は、放射線を防ぐという意味で、遮蔽体と呼ばれます。横軸が遮蔽体の厚さ、縦軸がその遮蔽体を通過後にγ線の放射線量がどれくらいにまで減ったか(どれくらいの放射線量のγ線が抜けてくるか)を表わしています。このγ線の放射線量を1/10にするために、鉄で72mm程度、コンクリートで290mm程度、水で590mm程度の厚さが必要であることがわかります。たとえば水を1として、その遮蔽能力(薄くてもよいほうが能力が高いとします)をこの厚みの逆数で表わすとすると、鉄:コンクリート:水は、8.2 : 2.0 : 1.0くらいの比になります。いっぽう、比重でいうと、鉄:コンクリート:水は、7.8 : 2.3 : 1.0くらいです。比重と遮蔽能力がほぼ同じであることがわかるでしょう。
 そのことから考えると、じつは、鉄であろうがコンクリートであろうが水であろうが、同じ重量だけあつめれば、γ線に対しては同じ遮蔽効果があることになります。比重が大きいと薄くできますので、同じ体積で比べると鉄のほうが能力は高いですが、そのぶん重いため、同じ重量で比べると同じ能力になるのです。たとえば100kgの鉄と、100kgの鉛と、100kgの水があった場合、γ線に対する遮蔽能力は、どれもほとんど同じです。よく鉛だけが放射線の遮蔽材料としてきわだって優秀であるかのように勘違いしている人がいますが、それは比重が大きいので薄くできるだけであって、結局、同じ遮蔽効果を生むための重量は、水も鉛も同じなのです。

光電効果

 では、γ線やX線は、どのような反応で減っていくのでしょうか。γ線やX線は、電荷がありませんが電磁波なので、電子と反応します。電磁波の反応には、主に、光電効果とコンプトン散乱と電子対生成とがあります。エネルギーに応じて、それぞれ、低いエネルギー(数100keV以下)の場合、中ぐらいのエネルギー(1MeV附近)の場合、高いエネルギー(数MeV以上)の場合に、おもな反応となります。

 光電効果とは、原子の軌道上の電子が電磁波のエネルギーを吸収して高いエネルギー状態となり、軌道を飛び出してしまう現象です。

 光センサー等に応用されていますが、この現象を説明したことで、アルベルト・アインシュタインはノーベル物理学賞を受賞しました。アインシュタインは一般人の間ではおそらくもっとも有名な物理学者で、彼の業績でもっとも有名なものは相対性理論なのですが、彼は相対性理論ではノーベル賞をとっていないのです。光電効果では、γ線やX線のひとつひとつは吸収されてしまい、消滅します。γ線やX線が持っていたエネルギーは、電子が原子核の引力を振りきって軌道の外に出るエネルギーと、外に出た電子の運動エネルギーになります。

コンプトン散乱

 コンプトン散乱とは、電磁波が粒子のように弾き飛ばされる現象です。発見者であるアメリカの物理学者のアーサー・コンプトンの名前から取られています。

 ビリヤードで手球(γ線やX線)が的球(原子軌道上の電子)に衝突し、的球を弾き飛ばしながら、手球自身も弾き飛ばされる様子を想像してください。この現象では、γ線やX線は弾き飛ばされるだけで消滅はしませんが、エネルギーは失い、波長が伸びます。その失ったエネルギー分を、的球である電子に与えます。

電子対生成

 電子対生成は、γ線やX線が消滅し、その代わりに電子と陽電子のペアを生成する反応です(4)

 この現象もγ線やX線は消滅しますが、そのエネルギーは、電子と陽電子の質量と運動エネルギーに受けつがれます。

 これら3つの反応の図を見ていて、ある共通点に気づかれましたでしょうか。そう、すべて、電子が飛び出して、「β線となる」と書いてあります。ここはもろにコピペですので、まちがいありません。つまり、どの反応も、結局、電子を弾き出す反応ですので、弾き出された電子は、β線としてふるまいます。つまり、γ線を浴びた場合でも、その物質の内部では、実質的にβ線を浴びたのと同じことになる、というわけです。

中性子と物質との反応

 中性子は、これまでにお話しした放射線とはずいぶん違った作用をします。電荷を持っていないうえに電磁波とも違いますから、電磁力に反応しません。第1章でお話ししたとおり、原子が原子としての形を保っているのはあくまでもその外周にある電子によるものですから、電磁力が働かない中性子から見れば、原子ではなく、むきだしの原子核が見えているようなものです。そしてその原子核はとても小さいので、みなさんの部屋の中に髪の毛1本だけ置かれているような、ほとんど何もないがらんどうが、中性子の目の前に広がっている状態です。
 これまで見てきたように中性子以外の放射線はおもに電子との反応によって物質に影響を与えましたが、その電子と反応しない中性子は、他の放射線と違って、物質を通り抜ける割合、透過率がとても大きく、そして、(確率が低いながらも)反応する場合には、直接原子核と反応を起こします。

中性子の散乱

 中性子と原子核の反応は、具体的にはどのようなものでしょうか。
 まず考えられるのは、中性子が原子核にぶつかり、跳ねかえされる場合です。これを散乱と呼びます。この場合、中性子がぶつかった相手の原子核が巨大な場合は、中性子がほとんど同じ速さで跳ね返されるだけですが、相手の原子核が小さければ、その原子核もある速度を持って弾き飛ばされてしまいます。そうなれば、当然ながら、原子は元の状態を保つことができず、やはり分子構造は破壊されてしまいます。

 手球が中性子、的球やクッションがそれと反応する物質の原子核だと考えれば、原子核が小さいほどエネルギーを与えられやすく(中性子がエネルギーを失いやすく)、大きいほどエネルギーを与えられにくいことになります。α線・β線・γ線が、密度が大きいもの(つまり原子核が大きいもの)にほど大きなエネルギーを与えるのと、まったく対照的です。
 第1章でお話しした通り、最も小さな原子核は水素の原子核で、陽子1個だけからできています。陽子と中性子の質量がほぼ同じだということもお話ししたとおりですから、水素がストップボールの例、つまり一番中性子の影響を受けやすいことになります。そして、われわれの身体を構成する有機化合物や水は、水素原子を大量に含んでいますから、中性子にとっては、格好の標的だと言えるでしょう。

中性子の捕獲

 つぎに考えられるのは、中性子が原子核にくっつく場合です。これを捕獲と呼びます。第1章で紹介した、ビスマスに中性子を照射してポロニウムをつくり出す反応、まさにあれがこれに当たります。凶悪な放射性物質であるポロニウム210をわざわざつくり出していることが象徴するように、この反応では、安定した同位体が中性子を過剰に得ることによって、放射性同位体へと変化してしまうのです。フィクションの映像の世界でも、放射線を浴びた物体自身が放射性物質に変わってしまう、というものがありますが(映像作品ならではの演出で、放射性物質に変わると光を出していたりしますが)、それはまさにこの中性子が起こす反応なのです。また、エネルギー保存則の観点から考えると、中性子が捕獲前に持っていた運動エネルギーも原子核が受け取りますから、原子核は過剰にエネルギーを得た状態となり、その分のエネルギーをγ線として放出します。このことから「放射化した物質が光を出す」という演出を思いついたのかもしれませんが、残念ながらγ線は目には見えません。
 浴びた物質自身を放射性物質に変えてしまうという反応は、放射線の中でも中性子だけが持つ、やっかいな性質のひとつです。

 中性子がいったん原子核に取りこまれたあとで、その原子核が分裂を起こす反応もあり、これは捕獲とは別に分類されています。この反応については、本サイトでは取りあつかわないこととします。
 また、高速の中性子(MeV以上)が原子核に衝突すると、もともと原子核にあった中性子も叩き出されてしまう反応も起こります。この反応と、分裂、捕獲を合わせて、吸収反応と呼びます。

同位体ごとの中性子の反応のしやすさ

 中性子をある物質に照射したとき、散乱と捕獲のふたつの反応のどちらが起こるかは、まさに確率的なものですが、物質の種類と中性子の速度によってその確率は変わります。一般に、中性子の速度が遅いほど、捕獲される確率が上がります。その理由は、荷電粒子の反応でキャッチボールのたとえを使ってお話ししたのと同じく、中性子が原子核の近くを通る時間が長いためにつかまえやすいからです。物質の種類と中性子の速度によって中性子の捕獲のしやすさが変化する様子を、に示します(5)

中性子捕獲断面積(6)
中性子捕獲断面積

 横軸は中性子の運動エネルギーです。縦軸は「捕獲断面積」とありますが、ここでは、「中性子のつかまえやすさ」の値だと思っておいてください(6)
 この図で注目してもらいたいことはふたつあります。
 ひとつめは、同位体によって、中性子のつかまえやすさに大きな違いがあることです。身近な鉄やアルミニウムに比べ、生き物の身体をつくっている炭素12は2〜3けたも小さく、逆にホウ素10は3〜4けたも大きくなっています。
 福島原子力発電所事故の当時の報道をおぼえている方は、「炉心にホウ酸を入れろ」なる文言が飛びかっていたことをおぼえているかもしれません。原子炉は核燃料が分裂したときに放出する中性子をつぎの核分裂に利用することで動いているので、かたっぱしから中性子を吸収してしまえば核分裂の連鎖反応が起きません。そこで、中性子をきわめて吸収しやすいホウ素を含むホウ酸を投入して、万が一の場合に備えよ、という意味だったのです。
 ふたつめは、どの同位体も、右肩下がりになっていることです。右にいくほど中性子のエネルギーが高い、つまり速度が大きいので、速いものほどつかまえにくい、遅いものほどつかまえやすい、という先ほどのキャッチボールのたとえが、定量的にあらわれている、ということです。

 また、γ線との比較で、中性子が「どれだけの厚さの物質を通過したときにどれくらいに減少するのか」の例をひとつ、図に示しておきます。

中性子の線量透過率(7)
中性子の線量透過率
DT反応で生ずる中性子に対して

 この図の対象の中性子は、デューテリウムとトリチウムの核融合反応(DT反応)で生じる中性子で、そのエネルギーは14MeVと、かなり高速の中性子になります(8)ですから、先ほどの「もともと原子核にあった中性子を叩き出す」という反応を起こします。遮蔽体を透過するのになのになぜか1をこえているところがあるのは、まさにこの反応が起こるからです。高速の中性子にたいしては、中途半端な厚みの遮蔽体だと、より中性子が増えてしまうことがわかります。
 そしてより重要なことは、γ線とは逆に、比重が小さい物質のほうが遮蔽効果は高いことです。中性子には水がいちばん効くのです(9)

 中性子がとてもやっかいな放射線であることはおわかりいただけたかと思います。幸いなことに、自然界に存在する放射性物質から出てくる放射線はおもにα線・β線・γ線で、中性子を単独で放出する放射性物質はめったにないです。

半導体への影響

 本章では最後に、放射線と物質との反応の例として、半導体素子への影響について触れておきましょう。
 半導体素子は、基本的にはスウィッチの役割をはたすもので、このスウィッチのON/OFFによって電子回路内の電流を制御し、電子回路を動かしています。まさに電子回路の中枢をなす重要な部品です。近年、半導体素子は小型化の一途を辿り、そのために片手で持てるiPhoneのような機器でも、ひと昔まえの大型のコンピューターをはるかにしのぐ性能を持ち、みなさんは毎日その恩恵をぞんぶんに受けています。現代においては、半導体素子を使っていないものが身のまわりにないくらいです。
 しかし、一方で、その小型化のために、放射線に対してはどんどん弱くなっていっています。とても小さな部分や薄い部分で機能を維持しているためです。ふつうに生活しているぶんには、半導体素子が影響を受けるほどの放射線を浴びることはないのですが、僕が勤務しているような実験施設や、大気圏外での使用が前提の機器や施設では、強い放射線を浴びて半導体素子がやられてしまうことは頻繁に起こります。

 1976年9月6日、ソヴィエト連邦の国土防空軍の戦闘機の操縦士であるヴィクトル・イヴァノヴィッチ・ベレンコ中尉が、飛行訓練中に、操縦していたМиГ-25迎撃機ごと、函館空港に着陸して亡命した、という事件が起きました。ベレンコ中尉は本人の希望通りアメリカに亡命したのですが、この事件で彼が乗ってきたМиГ-25は、当時は実戦配備されて数年の最新鋭の戦闘機だったため、留め置いて調査が行われました。
 この事件前までは、その中身については秘密のヴェイルにつつまれ、そのぶん、西側諸国はこれを過大評価して恐れていました。ところが、ソヴィエト連邦に返還されるまでにアメリカ軍による徹底的な調査が行われた結果、想像していたのとはずいぶん違い、当時から見ても古臭い技術が使われていることがわかり(開発が60年代なので当然ですが)、事件前に過大評価していたぶん、逆方向に大きく振れて過小評価する論調が西側諸国にあふれました。
 そこで話題になったひとつが、電子回路に真空管が多用されていたことです。60年代の半導体素子では大出力の電子回路を構成することはむずかしく(たとえばレーダーなどには大出力の電子回路が必要です)、真空管を使っていたことは、信頼性が求められる実戦兵器ではそれほど不思議でもありません。が、本サイトで注目したいのは、放射線に対する半導体素子の弱さです。核戦争が起きて、核兵器が使用されると、中性子やγ線が大量に放出され、また、そのγ線と大気との反応で発生じた電磁波が周囲にふりそそぎます。これらを浴びた場合は、半導体素子であれば大きな影響を受けます。その点、真空管はこれらに対して強いのです。一般に、電子回路については、「賢い部品ほど放射線の影響を受けやすい」というふうにわれわれは言っています。単純で古臭い電子部品ほど、放射線には強いのです。

 放射線による影響にはおもにふたつの症状があります。半導体素子が完全に壊れてしまう場合と、誤作動やフリーズを起こしてしまう場合です。前者は素子を交換する以外にないのですが、後者は再起動することで回復します。しかし、簡単に再起動できるようにしてあればよいのですが、機器によっては、それが簡単にはできないものや、一度の誤動作が致命的になるものもあります。われわれの実験施設では、その建設時期に、さまざまな電子機器について、放射線照射試験をおこない、どの程度の放射線量で壊れるのか、壊れる場合にはどのような様子で壊れていくのか、などを調べました。それをもとに、どの場所でどのような対策をして使うのか、または使うの避けるのか、ということを判断しました。

 さて、本章では、放射線と物質との反応についてお話ししました。放射線の種類によって、反応は実にさまざまですね。次章では、いよいよみなさんがもっとも興味を持たれているであろう、人体への影響についてお話しします。

第4章まとめ

  • 放射線は電離させて分子を破壊するからヤヴァい
  • 放射線を浴びた物質に単位質量あたりに与えられたエネルギーを、吸収線量と呼ぶ
  • 吸収線量の単位はGy ( = J / kg )
  • α線の飛程は水中(人体)で数十μm程度
  • β線の飛程は水中(人体)でmm程度
  • γ線やX線に対しては、物質の種類によらず、総重量が同じであれば同じ遮蔽能力
  • 中性子を遮蔽するには、水が最高
  • 「賢い機器」ほど放射線に弱い
  • 中性子ヤヴァい
参照・注
  1. (1) 静電気とは、2種類の物質の間で、電子が片方に寄ってしまったために、電子が過剰にある物質(マイナスに帯電します)と、電子が足りない物質(プラスに帯電します)になってしまった状態です。ここに、放射線によって電離された電子とイオンが近づくと、電子はプラスに帯電した物質へ、イオンはマイナスに帯電した物質へ、それぞれ移動し、それぞれの物質の電荷を打ち消し合って、静電気を除去するのです。
  2. (2) 『The range of alpha-particles in water』Physical Review, 88, 273-278 (1952)
  3. (3) 『実効線量評価のための光子・中性子・ベータ線制動輻射線に対する遮蔽計算定数』日本原子力研究所(2001)のデータより、著者がグラフ作成
  4. (4) 詳しくは、拙著『ニュートリノ』(イースト・プレス)をごらんください。
  5. (5) JAEA Nuclear Data CenterのJENDL-4.0のデータより、著者がグラフ作成
  6. (6) ホウ素10のみ、捕獲ではなく、中性子を吸収したあと、α線を放出する反応
  7. (7) 『実効線量評価のための光子・中性子・ベータ線制動輻射線に対する遮蔽計算定数』日本原子力研究所(2001)のデータより、著者がグラフ作成
  8. (8) この反応をDT反応と言いますが、核兵器(核融合兵器、いわゆる水素爆弾)のおもな反応ですので、それが実戦使用された場合に近くにいると、この中性子を浴びます。
  9. (9) この性質を利用して、水素爆弾をより中性子を出しやすく改良したものが、中性子爆弾と呼ばれるものです。たとえば戦車のように厚い鉄でできた強固な装甲に囲まれていても、中性子ならそれをやすやすと貫通します。そして、水が遮蔽効果が高いということは、水とはよく反応することを意味し、人間は水でできているようなものですから、中の乗員に大きな被害を与えます

※通常、引用論文は、「著者名、雑誌名、巻数、ページ数、年」、の順で書きますが、本サイトでは、みなさんがぐぐりやすいよう、著者名の代わりにタイトルを書いてあります


著者プロフィール

多田将 (ただ・しょう)

1970年大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。

著書『すごい実験』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学<核兵器>』『ニュートリノ』。